住吉神社略記

今月の御神勅

住吉神社

本社祭神

すみよしさんじん しんぐうこうごう しかさんじん たけうちのすくね
住吉三神 神功皇后 志賀三神 武内宿禰

末社

すがじんじゃ ことしろじんじゃ だいじんぐう わたつみじんじゃ
須賀神社 事代神社 大神宮 少童神社
(祇園社)      
いつくしまじんじゃ はにやすじんじゃ はやふねじんじゃ うがじんじゃ
厳島神社 埴安神社 早船神社 宇賀神社
(弁財天)     (お稲荷様)

由緒

御神木(イチョウ)樹齢七百年。昔雷が落ちた時に木が避雷針となり身代わりに本殿を守ったといわれました。
御神木(銀杏)
樹齢七百年。昔雷が落ちた時に木が避雷針となり身代わりになって本殿を守ったといわれました。

住吉神社の起源は、奈良時代の天平十五年(西暦七四三年)九月二十九日の夜半、住吉明神のご出現があり、翌年四月十三日にも異国 船来襲の調伏祈願の折にご出現され、このため一宇の小社を建立し住吉三神をお祭りしたことによります。

くだって室町時代の応永二十三年(西暦一四一六年)正月十四日夜の 御神託により、翌年八月二十九日に牛頭社地(現、住吉神社)で新社建 立・ご遷座の儀式を終え、ここに住吉三神は牛頭社(現、須賀神社)と相並んで、当地の産土神として尊崇されるようになりました。

住吉三神は、『日本書紀』神代巻には、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が 筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の檍原(あわぎはら)で、 御身の濁穢(けがれ)を禊祓われた時に出生された神と記されています。

河童

内書巻九や『古事記』によると、神功皇后が応神天皇を胎内に宿したまま新羅に遠征された折り、住吉三神は「和魂は王身の命を守り、荒魂は先鋒として軍船を導くであろう」と申され、その霊験あらたか新羅軍を破り、無事帰国されました。その時、神功皇后は当地の小戸付近の浜に上陸し濡れた袙(あこめ)の御衣を乾かされたので袙ヶ浜(後、転じて姪浜)といい、宇美において応神天皇を出産されたと伝えられています。

また伊弉諾尊が禊祓をされるとき河童が現われ、道案内のお手伝いをしたことにより除災招福の神の使いになったという伝承があります。

なお、本社祭神は、家内安全・海上安全・交通安全・開運・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛の御神徳があります。

住吉神社

住吉神社正面

須賀神社(祇園社)

授与所

住吉神社正面 須賀神社(祇園社) 授与所

当住吉神社で一番大きな建物です。多くの人々がここでお参りをされます。

祇園祭はこのお宮のお祭りです。

沢山のお札・お守り・絵馬・おみくじ・縁起物があります。御用の方は強く板木を鳴らしてお呼びください。

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